伝えてるつもりでも全く伝わってないよね

ある眼鏡屋さんに言われた。

あまりSNSやブログ等で眼鏡の事ばかり書いてると飽きられるよって。

私自身は眼鏡に全然飽きてないんだよね。むしろ頭の中は眼鏡以外にないんだ。

 

もし私が芸人だったら同じ人の前で同じネタを披露するのはたしかに恥ずかしいものだ。だからその意味は解る。

でもこのブログを毎日欠かさず見ていただいてる人なんて国民の0.00000何%しかいない。

世間一般の人は私の眼鏡に関して何も知らないんだ。

 

だから特定の人にしてみればクドイかもしれないがこれからもどんどん自分の作品を紹介していくからご勘弁願いたい。

 

眼鏡店発信では新作だけがクローズアップされがちで過去作品が全く育っていかない環境におかれている。鮮魚ではなく眼鏡はそんな早くに腐らないから過去の作品も新作同様に何度も伝えていく所存である。

 

Twitterだけは1日に何度も投稿するので眼鏡以外の事も書くかもしれないけれど、特にこのブログでは眼鏡の事しか書かないから勘弁してくれ。それが私の役目なんだ。

私が今日何を食べたかとか

何をしてリア充な1日を過ごしたか

興味ある人がこの世にいるのなら教えてほしい。

個人的に教えてあげる。

 

 

 

マトワセメガネライブやりたい

マトワセメガネライブやりたい!

細かい事まで考えてないけど。


一般モデルを数人募集。メガネブランド数社も集まってその人に似合う自社ブランドメガネ1本を選ぶんだ。そしてそれを順次掛けてランウェイを歩いていただきその模様を配信するんだ。


視聴者に投票してもらってもいいね


配信本編とは別にマトワセ最中の様子も隠し撮りして優勝したらそれも配信。


会場は観客を入れないからランウェイがさえ確保出来れば普通の会議室でも構わない。


でもコロナ終息したら観客も入れてちゃんとしてやってもいいね。


メガネだけじゃなく服や帽子、アクセデザイナーも絡めると面白い。

想定内の満足を売る店と想定外の満足を売る店


 ご承知の通り文才の無い私だから上手に書けるかどうか解らないがとりあえず書き始めてみる。

 

今朝私の身体に珍しい現象が起きた。

猛烈に腹が減ってるのにも関わらず食欲が湧かないんだ。

ラーメン?魚?肉?お好み焼き?すべて飽きてる。つまりどの食べ物も飽きてしまって食べたいものがないんだ。

こんな時はお茶漬けなどの粗食で腹を膨らませるに限るが、食をエンターテイメントととらえるとそれは許されない行為。まるで童貞を風俗で捨てるような行為ではないか。

 

【じゃー私は一体何を食べたら満足を得るというのだろうか・・・】

それさえ解れば行動のしようもあるのだが所詮は素人の狭い知識からそれを選ぶほどのバリエーションは持ち合わせてない。満足する食べ物それ自体が解らないかぎり満足のしようがない。

いっそマボロシの一流シェフが私の前にさっそうと現れて「私にすべてお任せあれ!」とばかりに私の想像もつかない料理で楽しませてもらえればよいのだけど。

そんなモヤモヤな一日を過ごしてしまったんだ。

 

【想定内の満足を売る店と想定外の満足を売る店】

 眼鏡屋さんを客観的に眺めると上記の2種類に分かれる。

欲しいものがある店は想定内の満足店

欲しかったものが置いてさえあれば店員なんて猿でもいい。

しかしその欲しいものというのは所詮は素人の持つ数少ない選択肢の中から選ぶ事となる。ラーメン、魚、肉、、、、と同じだね。食べたいものが食べれるわけだから一時の満足は得られるかもしれないがそれがエンターテイメントとは到底言えない。そこには驚きも感動もないんだ。だって素人が予想した予想通りのものを得られたに過ぎないわけだから。

 

 それでは「想定外の満足を売る店」ってどんなだろうか?

店に入るなりいきなり店員さんから「これ掛けてみて」と眼鏡を差し出される。

「いやいや眼鏡を選びに来たんじゃないです」と断りを入れると「そんな事は解っています。買わなくてもいいですよ。でも貴方に似合いそうな眼鏡をどうしても、1回だけでいいから、掛けて私に見せてほしいのです」って言われれば頑固に断る理由もない。

 

実際眼鏡に囲まれて仕事をしていると普通ならば自分がコーデした眼鏡を試着だけでもしてもらいたいと思うのが当たり前ではないか?自分の能力を人にご披露したくなるのは当然の欲ではないだろうか?猿や自販機にはそれが出来るとは思えない。

その差し出された眼鏡は当然欲してなかった眼鏡なので一応は拒絶反応を示すだろうが、

もしそれが似合ってしまったら???

そこに初めて感動というものが生まれると思うんだ。

眼鏡店員としてもようやく存在価値が出来るわけだ。「あの店で買いたい」ではなく「あの店員さんから買いたい」に変わる瞬間を味わう事が出来る。

 

 実はこれが出来る眼鏡屋さんというのは残念ながら滅多にいないらしい。私が眼鏡屋だったころにこういう接客をしている事が人に知れてわざわざ取材を受け本になったぐらいなんだ。自慢したいわけじゃないぞ。そもそもお客様が欲しいものを置いてるだけのお店ならばそんな仕事は自販機でも出来るわけだし仕事してても面白くないじゃない?だからどこの眼鏡屋さんもやってなくて私の接客が珍しくて本になる事がそもそも変なのだ。

こういう話をすると「うちはオシャレじゃなくて技術重視」とよく耳にするがそんなものを天秤に掛ける必要がどこにある?オシャレであれば技術なんか不要というお客様がどこにいる?もっと正直に「うちは技術はあるがオシャレには全く興味もないし解りません」と言うほうがどれだけ親切か。

 

 

 聞くところによると私のようなやり方をする店を「提案型の店」というらしい。

「当店は提案型の店です」なんて文句は聞いてて鳥肌が立つぐらい寒い。

「私たちの漫才は面白い漫才です」と漫才をする前に言っちゃうようなものといえばその寒さがお解りいただけるだろう。

面白いかどうかはお客様が決める事であって、感動を提供する側は言っちゃいけないしハードルだけが上がってしまうだけの事。それを匂わす別の何かが必要なわけである。

 

長くまとまりのない文章になってしまったがご勘弁願いたい。

でもこれを書きながら私自身の事を考えてる。

私の作品も一般のニーズは全く無視しているわけだからね。

だって私は眼鏡デザイナーだもの。

ニーズ通りのものを作るならばそのデザイナーはお客様であって私が存在する場所は無くなるわけだ。

 

そんなの嫌だね。

 

 

 

 

 

 

しゃべらなくていい接客講座??

【コミュ障気味な眼鏡店員の為のしゃべらなくていい接客講座】をやった事がある。

 

しゃべるのが苦手な人や、

決して苦手ではないものの相手に何も伝わらない人を対象に実施したんだ。

 

まず第1にやった事は演技指導「自分を高倉健だと思え!」

 

しかし高倉健になれた人はいなかった。人生損してるよね